健康で美しく、楽しい人生を提供することが私の使命

伊藤先生が歩んだ道・志について

伊藤先生が歯科医師を目指したきっかけや動機について教えてください。

青森高校時代、友人たちと話していた種々の夢物語の1つに、「無医村に医療村を作りたい!」というものがありました。父は公務員で母は主婦でしたので、医療とは全く関わりのない家庭環境でした。ただ、当時の青森県は医療過疎問題が深刻だったため、医療職に就いて社会の役に立ちたいという、漠然とした想いがありました。これからは女性も手に職を付けて社会貢献をする時代だと、母に言い聞かされながら育ってきましたので、今では歯科医師を目指すきっかけの一つだったのではないかと思っています。
医師、看護師、薬剤師など種々の選択肢を考えました。私の大学受験時は、現在のセンター試験の前身である共通一次試験の第一回目でした。変更後の初めての制度の中で、現役で進学できること、決定権がある職種であること、そして、一旦地元から離れて自分の力を試してみたいという思いがありました。当時、文系(古文の研究をしたかった)への憧れもあり東北大学の願書を入手したのですが、結果的に同大学の歯学部を受験し合格し、歯科医師としての道を切り開くことができました。今思えば、本当に不思議なご縁です。
矯正歯科医では医療村を牽引することはできませんが、歯科医療を通じて、多くの方の健康を守り育てるといった、将来の健康に携わることができるようになり感謝しています。

学生時代や研修医時代の学び、矯正医になる道を選んだ経緯や動機についてお聞かせください。

大学の女子寮に6年間おり、サークル活動にもずっと関わっておりましたので、他寮・他学部・他大学の学生たちとの種々の交流が視野を大きく広げてくれました。また、アルバイトもたくさん経験しました。家庭教師はもちろんですが、歯科医院で助手をしながら、上手な歯科技工士さんに技工作業のコツについて教えてもらいました。さらに、警察の事務で世の中の見えにくい部分をかいま見たり、割烹の仲居で一流の奉仕や気働きを学び、田舎出の何も世の中を知らない女子にとっては、糧になることばかりでした。
卒業後の方向性を考えたとき、当時は女性の開業医は非常に稀で、女性が生涯働くということも稀でしたので、就職口というものはありませんでした。大学の医局でも、歯科口腔外科、小児歯科、矯正歯科のみが女子学生の採用試験を行っていました。その中でも矯正歯科が最初に試験を行っており、運良く合格したことで、矯正歯科学講座に入局しました。これもまた、不思議なご縁です。

当時の東北大学矯正歯科学講座は、進取の気風に溢れた医局でした。米国イリノイ大学方式の矯正歯科専門医教育プログラムを取り入れたばかりで、しかも3年ほどかかる内容を1年半で学んで試験を受けるという、それはそれは濃密な指導内容でした。それと平行して研究、学会発表、論文執筆をするのですから、ほとんど寝ない、帰らない、ずっと医局で勉強をしている生活でした。しかも、ラッキーなことに当時の教授、助教授とも、臨床のセンスも研究の発想も、論文の構成や美しい文章を書くことも抜群でした。さらに国内外から綺羅星のごとく矯正歯科医が訪問して指導してくださいましたので、どこよりも極上な指導者たちの教育を受けることができたと思っています。本当に幸せなことでした。

科学的根拠に裏付けされた、患者が迷子にならないシステムを構築する

日吉歯科診療所での学び・実践について

伊藤先生は伊藤矯正歯科クリニックで日々診療されている傍ら、日吉歯科診療所で非常勤の矯正専門医として勤めていらっしゃいますが、この経緯や学びについてお聞かせください。

私は日吉歯科診療所の非常勤の矯正歯科専門医ではありますが、治療を丸投げされる単なるアルバイト矯正医とは役割が違います。実際の矯正歯科治療はU20部門の熊谷ふじ子先生(以下、ふじ子先生)がなさっています。私はスーパーバイザーとでもいいましょうか、治療をサポートしている立場です。
矯正歯科検査資料の分析はふじ子先生、診断・治療方針の確認・確定は私、その方針に則っての治療遂行はふじ子先生、その経過をチェックし必要に応じて修正するのが私、2期分離型治療での第1期治療終了と成長観察を判断するのがふじ子先生、第2期治療や成人矯正歯科治療での到達点を確認して動的治療終了の判断をするのは私、重度の骨格系の問題や先天異常など、専門医としての知見・技術や他科との緊密な連携が求められる患者さんの治療をするのは私、といったような暗黙のルールで役割分担をしています。U20の矯正歯科治療において、ふじ子先生と私が、車の両輪のように恊働しているといった関係性です。
矯正歯科専門診療所を開設した1990年当時の目標は、「う蝕と歯周病をきちんとコントロールできる矯正歯科専門医でありたい」というものでした。質の高い矯正歯科治療には、素材となる歯や歯周組織が健全でなければいけませんし、矯正歯科治療で歯や歯周組織を損傷してしまっては元も子もないからです。でも、当時提唱されていた“予防法”は、ただただ歯磨きを指導するというものばかりでした。
釈然としない思いを持っていたときに熊谷崇先生とふじ子先生に出会いました。熊谷先生の講演を伺うために全国を「追っかけ」、歯界展望を始めとする先生の各種論文を読み、私自身の症例写真を見ていただき、より質の高い矯正歯科治療への思いを訴え続けました。その結果、「フォーラムDEWA」のメンバーに加えていただくことができ、その後、熊谷先生が関係されたすべての講演会・研修会でご一緒に勉強させていただけるようになりました。もちろん、歯科衛生士向けのSRPの研修等もしっかりと受講し、第1回マルメ大学研修もふじ子先生と一緒に参加しました。そのため、本来の歯科衛生士業務も私自身がきちんと行えますし、指導もできます。
一方、カリエスフリーの子どもたちが育つ過程で、咬合や歯列の問題、埋伏歯や先欠歯の問題等、ご自身の診療室では解決できないことについて、他科との連携を図ろうとしても、うまく協調の取れない日々に悩まれていたふじ子先生たちに、毎月1回2年間にわたり、東北大学矯正歯科学講座方式の矯正歯科研修プログラムを学んでいただく「矯正歯科勉強会」を行う機会をいただきました。検査、分析、診断、治療、保定、そしてその評価法や結果のフィードバック、科学的根拠等の知識と実技など、矯正歯科医が身につけたいことは一通りお伝えしたつもりです。
そうやって長期にわたりお互いに学びつつ、患者となる子どもたちが他科との連携の中でも迷子にならないように配慮できるシステムを一緒に構築してきたという経緯です。

長期に患者に寄りそうことが、本来の歯科医療行為である

予防歯科の実践について

貴院が予防歯科を実践する上で軸にしているMTM(メディカルトリートメントモデル)と一般的な予防歯科との違いについて教えてください。

もともと、安心安全な矯正歯科治療には、資料の収集と分析、問題点リストの作成、その改善の手段と優先順位の設定、治療ゴールの設定、治療方針の設定などの一連の「診断ステップ」が不可欠です。できるだけ多くの患者情報を収集し、リスクを把握し、いつどのようにそれらを改善し、その時点ごとに何を目標とし、そして最終的なゴールは何なのか、それを達成した評価、達成できないときにはその代替案をどうするのか、それはどのように評価し、次にフィードバックするのかなど、常にPDCAサイクルのような思考回路で治療を行います。
ですから、MTMはそういった矯正歯科治療の診断学・治療学と同一の思考で行えますので、全く違和感はありません。安心安全な矯正歯科治療の流れに、う蝕や歯周病などに関する情報を加えていくだけです。
逆に、一般的な予防歯科と言われるものは、短時間の講習会で得た知識のみで、装置が勝手に動かしてくれる「行き当たりばったりの矯正歯科治療」のようだと感じます。たまたま上手くいけばいいけれど、上手く行かないことも多々あります。そのような不適切な矯正歯科治療被害を受けた患者さんたちの相談を非常に多くいただきます。それは、適切な診断と科学的根拠に基づいた治療方針設定と、それらのデータのフィードバックがないことで不適切な治療に至ったことがほとんどです。
個々の患者さんのリスクを把握しないまま、ただ闇雲に歯磨き指導や砂糖制限、フッ化物使用を行うということは、それだけにしかリスクのない一部の患者さんに対しては、その時期だけ「当たる」かもしれませんが、長期継続ができなかったり、過剰介入だったりする危険性があります。「20歳までにカリエスフリー、ペリオフリーをできるだけ多くの患者さんに達成してもらう」「80歳で28本の健康な歯を維持する」ためには、科学的な根拠に基づいた適切な介入が必要であり、その時期や患者さんの成長段階や環境に応じた過不足のない介入で、長期に患者さんに寄り添ってこそ達成できるものです。そして、それこそが本来の歯科医療行為だと思っています。

予防歯科を学んだことで、矯正歯科治療に対する意識やアプローチに変化はありましたか?

開業時に設定した「う蝕と歯周病をきちんとコントロールできる矯正歯科専門医でありたい」という目標にブレはありません。現在はそれに加えて、生涯にわたる健康をより意識するようになりました。「カリエスフリー&ペリオフリーはもちろん、壮年期/老年期を通じて健康な状態を維持しやすく、健康で美しく楽しい人生を全うできる基盤を得る支援を矯正歯科治療で行う」ことが私の使命だと考えています。
また、オーラルフィジシャン・チームミーティング等で呈示している「成長期不正咬合診療ガイドライン」は、そもそも矯正歯科医として参画してきた「仙台ClassⅢシンポジウム」が10年間の成果としてコンセンサスをまとめあげた「成長期反対咬合診療ガイドライン」をすべての成長期不正咬合へ当てはめたものであり、「カリエスフリー&ペリオフリーはもちろん、不正咬合もない健康な口腔を持つしなやかな心の成人」に育て上げることができる普遍的な診療ガイドラインであることを、再認識するようにもなりました。

矯正歯科治療の本当の目的は、「生きる力」となる礎を築くこと

矯正歯科治療の実践について

伊藤先生が専門とされている矯正歯科治療で大切にしていることについて教えてください。

矯正歯科治療を希望される患者さんのほとんどは、綺麗な歯ならび、綺麗な口元やお顔の形という、審美的要素の改善を求めて来院されます。その希望を確実にかなえることはもちろんなのですが、治療の目的をそこに矮小化してしまっては、矯正歯科治療の価値をきちんと理解していただくことはできません。
ほとんどの医療は、平常状態(ゼロベース)が疾患により低下しマイナスになったり、マイナスになりそうな時に、ゼロベースへ可能な限り戻すといった、ゼロベースを維持することを目的に治療がなされます。しかし矯正歯科治療は、本来の平常状態がマイナス状態であるため、ゼロベースを越えてプラスに変換させ、その人にとって可能な限りの良好な状態を作り上げる医療です。子どもの場合は成長発育のプロセスに矯正歯科治療という手段で介入し、好ましくない成長発育や口腔機能の変化を軌道修正し、より望ましい成長発育や機能の獲得を促すことで、大きなプラスに向上させた健康なベースラインを獲得します。大人の場合には老化のプロセスにも介入して、機能的かつ良好な新たなホメオスタシスとして、高い健康観と健康な口腔の基盤を獲得し、豊かな生涯を送れるようにするわけです。
ですから、患者さんが求める審美性への思いを尊重しつつ、「矯正歯科治療の本当の目的は壮年期・老年期を通じて口腔内の健康な状態を維持しやすく、健康で美しく楽しい人生を全うできる基盤という、『生きる力』のプラスとなるものを築くことです。生きる力を向上させるために頑張る、そのご褒美が美しい歯ならび、美しい口元や笑顔なのです。将来の健康のために今、努力されることはとても尊いことですし、素晴らしい決断です。そのためにも、きちんと歯と歯周組織を守っていきましょう。矯正歯科治療に入る前に、むし歯と歯周病のリスクをきちんとコントロールし、メインテナンスを続けます。生涯の健康のために一緒に頑張りましょうね」とお伝えすることにしています。折に触れ繰り返すことはもちろん、動的治療終了時、保定観察検査時にも、どれほどプラスへの向上が得られているか、データをもとにしっかりと確認していただきます。すると患者さんは、1本1本の歯の大切さ、歯周組織の大切さをよく理解し、リマインドしてくださるので、治療意欲も保定メインテナンス継続の取り組みへのモチベーションも高く保てるのだろうと思います。
多くの矯正歯科専門医は、審美的で機能的な歯列咬合の獲得を確実にもたらします。私はそれに加えて、素材である歯や歯周組織を健康な状態にし、治療で得た美しい歯周組織と美しい歯列咬合を長く維持するためメインテナンスを行います。治療とメインテナンスを通じて培われた自信が患者さんの生きる力となるように、データでご自身の状態を正確に把握し、よりよい健康状態を獲得・維持し、美しく楽しい人生を送っていただくお手伝いをしているのです。
そしてまた、長期メインテナンスで長期治療経過を追えるということは、自分の矯正歯科治療の予後、長期安定性についての赤裸々な知見をもたらしてくれます。そのデータが、次の患者さんの治療方針に反映されるのですから、恐れずに覚悟を持って長期経過を診続け、より良い診断と治療方針を立案するように学び続けることが矯正歯科医療の向上に繋がると考えています。

予防歯科と矯正歯科、どちらの観点から見ても小児からのアプローチが重要ですが、貴院ではどのような取り組みをされていますか?

日吉歯科診療所でU20に関与しているため、成長期の子どもたちへの歯科医療に対しては自分の診療所でも同じ姿勢で臨んでいます。つまり、私自身が「歯科に比重を置いた成長期の子どもの総合診療専門医」であり、そのサブスペシャリティとして矯正歯科専門医であると認識しています。
例えば、成人矯正歯科患者さんが妊娠したとすると、すでにその方には生涯の健康を守るメインテナンスの重要性、ライフステージに応じたリスク変化などはお伝えしているので、生まれたばかりの子どもからのケアがより大切であることをお伝えします。すると、妊娠期間中も育児中もご自身を含め、周囲の大人の口腔の健康をまず整えて、垂直感染を防ぐ重要性をよく理解してくれます。「マイナス1歳からのむし歯予防」ではなく、ずっとその前から次世代のケアは始まっているわけです。
その後、赤ちゃんに乳歯が生え始めたら、その赤ちゃんが一人の患者さんとしてケアの対象に入ることになります。家族ぐるみのメインテナンスが次世代に自然に引き継がれるわけです。
成長期の子どもたちが矯正歯科治療の患者さんであっても、その兄弟姉妹が付き添いで来院するわけですから、当院のケアの状況を見て、恐くない、痛くない、気持ちいいケアだということを子ども自身が理解してくれます。その結果、矯正歯科治療ではなくメインテナンスを開始することを希望されることも多々あります。
そういった子どもの患者さんたちは、矯正歯科治療予備軍ではありません。矯正歯科治療はあくまで手段の一つですから、必要な時期に必要なことを行うだけです。そして、子どものその時期、その年代、その環境に応じた種々のリスクを把握し、長期的視点を持ちながら、そのときに必要な予防手段を講じてリスクのコントロールを行います。カリエスフリー、ペリオフリー、そして正しい機能の獲得向上を行っているうちに、場合によっては、矯正歯科治療を回避することができる事例も多々出て来ます。口腔内・心身ともに様々な変化をおこす成長期の子どもを、適切な方向へナビゲートする役割を私自身も担っているのですから、目の前に不正咬合があるから治療するのではなく、不正咬合のリスクを軽減できる手だても考えながら、子どもたちの健康を支えています。

チームとして目的意識を共有し、部署間のシームレス化をマネジメント

採用・教育・マネジメントについて

現在オーラルフィジシャン歯科医院では、歯科衛生士の採用・雇用に苦労されている医院が少なくありませんが、貴院で工夫・重視されていることを教えてください。

人材確保に苦労するのは、当院も同じです。「担当する患者さんを健康にしたい、生涯健康で過ごせるように伴走したい」という気持ちを持ってくれる歯科衛生士を採用したいのですが、最初から大きな目標を掲げてしまうと、二の足を踏むようです。診療助手のような今の身の丈にあった仕事でいい、難しいことはしたくない、などという気持ちを持つことは残念です。
でも、きちんとした歯科衛生士業務ができ、長期にわたりメインテナンスができる有能な歯科衛生士は、患者さんからの信頼・支持が絶大です。彼女達と患者さんとの素敵な関係性を見せながら、将来に夢を持って勉強し、育って欲しいと思っています。
また、それでもなお、それぞれの性格や特性、向き不向きはありますから、できれば適材適所でそれぞれに活躍して欲しいとも思います。そのためには、もう少し歯科衛生士の人数が増えるといいのですが…

歯科医療の実践にチームワークや目的意識の共有は必須ですが、教育・マネジメント面で大切にしていることを教えてください。

ミーティングなどで目的意識を確認することはとても大切です。でも、そればかりでは、視野が狭まってしまいかねません。今行っていることだけが正しいことだと勘違いしてしまう恐れがありますので、知識の刷新が常に必要だと思います。
オーラルフィジシャン・チームミーティングにスタッフ全員で参加することはもちろんですが、それ以外にも研修会や講習会への参加を積極的に促しています。ただしそれは、闇雲に参加すればいいということではありません。エビデンスがきちんとある、正しい情報を伝えてくれる機会でなければなりません。私自身が矯正歯科に限らず種々の医療情報を吸収する努力をしていますので、この講演、研修、論文、書籍ならばしっかりしているというものを選んで、情報収集の機会提供を心がけています。アンテナを高く鋭くして、必要だと思われる情報を取捨選択しています。
そして、その技術や知識をどのように患者さんに反映できるのか、考慮することが必要です。多くの場合には、まず私が患者さんによくわかるように説明し、実践して、それをスタッフに見せて、みな同等に実施できるように配慮するようにしています。
どんな業務も、どんな連携も、丸投げではうまく行くはずがありません。「私は分からないから担当に任せてしまえばいい」という発想では、チーム医療としての齟齬が出かねません。ドクターを含めたそれぞれの職種のスタッフはその担当部署のプロフェッショナルではありますが、それぞれの業務内容を他のスタッフが理解して行動し、その上で専門職に任せるべきところは任せることがチーム医療には必要だと考えています。

必要な情報が何かを選別し、簡潔に分かりやすく提供する

診療データの情報提供について

クラウドサービスを利用して診療情報を患者さんと共有することに対しての患者さんの反応、スタッフの労力、その効果などを教えてください。

新しいことを導入するのは、どんなときでも負担はつきものです。1994年にサリバテストを開始した時も、平然と行えるまでには相当に時間がかかりました。今年は特に患者さんが多く、診療が多忙ですので、スタッフの負担は強いようです。また、患者さんも自分のデータとはいえ、多くの情報が一気に与えられてしまっては理解しきれないことが多々あります。リスクのコントロールを行う際に、把握した全てのリスクを一気に患者さんに説明しても心に響かないし、役に立たないのと同じことだろうと思います。
そこで、今この患者さんに必要な情報が何かを選別し、簡潔に分かりやすく提供できるように各種のフォーマットを作成し、患者さんの理解向上とスタッフの負担軽減を図っています。その成果がでるのを楽しみに待っているところです。

コミュニケーション・ギアでは予防歯科の普及、健全な口腔育成への取り組みを、歯科界の発想から離れて、健康な労働力の維持という観点から産業界(企業)と連携して取り組んでいます。今後の予防歯科普及などについて、伊藤先生のアイデアやご意見がございましたらお聞かせください。

「予防歯科」という用語を使い続けることが、もしかしたらマイナスになっているのではないかと感じます。今回いただいた質問の中でも「一般的な予防歯科との違い」という表現がありました。「予防歯科=歯磨き」の図式は、コマーシャルなどでも広く定着していますし、「定期的に歯科健診を受けましょう」というスローガンも、「定期健診=歯磨き指導と治療勧告」と一般の方々は受け止めています。一般的に、予防歯科は「歯磨きしているのにできていないと“指導”される面倒くさい場所」です。そこから脱却しないと、「MTMに則った予防的な取り組みが我が身に必要だから、オーラルフィジシャン歯科診療所に行こう」と考える受診者は、あまり増えないように思います。
それに対して、ホワイトニングは見る見るうちに広まりました。「白い歯=きれいを手軽に手に入れる」という図式は、芸能界から一般社会に容易に拡散しました。
矯正歯科治療もそうです。アメリカでは不正咬合の子どもはほとんど矯正歯科治療を受ける、不正咬合のままではエグゼクティブの地位には着けない、などという情報があっても、日本の不正咬合の方々は動きませんでした。結局、綺麗になるということが受診のモチベーションになっているようですし、著名人がその審美的効果を伝えてくれることが、矯正歯科治療の社会的な認知に必要だったわけです。
「健康な美しい歯を美しいまま維持できる」「美しく健康な歯は仕事のパフォーマンスが上がる」「歳をとっても美しいままでいられる」→「オーラルフィジシャン診療所でリスクコントロールをしてもらえれば無理なくそれが達成できる」という図式を定着させる用語の選択とアピールと、そして、私たち歯科医療者の努力が必要だろうと思います。
なお、「美しい歯」といっても安易な「審美歯科」と誤解させないような配慮は必須です。さらに、審美歯科医療は今後の特定商取引法規制対象として監視されていますし、ホワイトニングはすでに規制対象とされて、種々の法規制が課せられています。このたびの医療広告規制も、それを念頭に厳しい制限をされていますので、法令遵守だけでなく、真っ当な歯科医療が今後の規制対象に組み入れられないような配慮は必要です。

今後の展望・展開について

今後の展望・展開についてお聞かせください。

診療所という組織にとっては、当院も日吉歯科診療所U20部門も、適切な承継を行う準備が必要です。患者さんと長くお付き合いすることを喜びとする歯科医療者に、きちんと承継しなければ、現在メインテナンスに通院してくださる患者さんの将来を守れませんし、今後新しい患者さんをお引受けすることができません。そして、スタッフたちもその力を発揮し続けられません。同じフィロソフィを持ちながら、今後の歯科医療の発展とともに、より質の高い医療を提供する後継者を育て、引き継がなければなりません。直近の課題として取り組んでいるところです。
また、矯正歯科専門医としての私は、従来法を遥かに凌ぐ患者利益を提供するサージェリファーストSurgery First (SF) やマッスルウィンMuscle Wins (MW) の矯正歯科臨床を、自身の臨床にきちんと統合し、より高い患者利益をより多くの患者さんに提供できるよう研鑽を怠らずに進みたいと思います。
そして、「とくに歯科に比重を置いた総合診療専門医」としては、矯正歯科専門診療所という敷居の高さを感じさせないよう、アクセスがしやすく、丁寧で分かりやすく、楽しくメインテナンスができるといった、その価値を知人友人に喜んで伝えられる患者さんが一人でも多く増えるよう、あらゆる努力を続けて行きたいと思います。

伊藤先生による自己評価(5点満点)

チームミーティング2018 酒田にて熊谷ふじ子先生と