都心高層オフィスビルの予防歯科に子どもが来院するまで~根拠のある医療を提供し、予防の意義と価値を理解していただく~

40代後半までは医院運営の不安との戦い

古市先生は慶応義塾高校から日本歯科大に進み歯科医師になられたのですが、塾高からですと様々な選択肢があり、歯科医師という選択は珍しいと思います。歯科医師になった動機について教えてください。

父が歯科医師だったこともありますが、元来がリベラルな性格だからでしょう。大企業に勤めて尊敬できない上司に自分の魂を売るような生き方をしたくないと、物心ついた頃から思っていました。医師か歯科医師か迷った末歯科医師を選んだのは、医師に比べ資金の多寡などで左右されずにオーナーシップが発揮できるからです。しかしながらリベラルな性分が発揮され、父の歯科医院は継ぎませんでしたけれど。要は世の中の仕組みがわかっていなかったのでしょう(笑)。しかし、開業医になって18年目の現在も、理不尽な制度の見直しや社会システムの改善のためのイノベーションには一身を投じる気持ちは健在です。

貴院は、東京の中でも歯科激戦区である都心4区の赤坂・永田町地域で2001年に予防をメインにした歯科医院として開業されましたが、その動機や目的について教えてください。また、都心部で予防型歯科医院を開業するご苦労や患者傾向について教えてください。

20代後半の勤務医時代、削ったり詰めたりの繰り返しで、すでにある疾患の対処に追われる毎日に、従来の歯科医療のあり方に疑問を抱いていました。その当時エビデンスに基づく歯科医療に関する熊谷先生のお話を聞き、それならば真の患者利益になる医療を提供する予防歯科を東京の真ん中につくろうと、開業しました。
開業当時から、矯正歯科治療と親知らずの除去以外歯科医院での医療提供は「予防以外に何をするの」と思ってやって参りました。

しかしそうはいっても、都市部では、家賃・人件費などのランニングコストが高いため、定期的にメインテナンスを行う意義と価値を患者さんに理解して頂き医院経営が安定する40代後半まで、オフィスが存続できるかどうかという不安と常に隣合せでした。
ようやく現在ではビルで働くママ・パパのお子さんが予防にいらっしゃるまでになり、当院もアンダー20に取り組めるようになってきまして、お子さんの20歳でのカリエスフリーと綺麗な歯並びの実現が現在の目標です。地下鉄改札口から直結で来院できるオフィスビル25階で子どもの予防歯科を行う、都心部での今後の予防歯科のあり方として、参考になるのではないかと思います。

予防歯科において患者理解を得るための患者教育は最大の課題です。地方においては、学校歯科など地域の予防活動、子どもの頃からの口腔管理を通じて予防歯科への下地ができているでしょうが、オフィス街の忙しいビジネスパーソンに対してそのような教育的アプローチは可能なのでしょうか?

様々な患者さんがいますが、要は医院側の患者さんに対する予防歯科へ取り組む姿勢だと思います。患者さんの年齢、既往歴、生活サイクルによって疾患リスクも変わってきますから、各人に対応した予防計画の立案がポイントです。医院に来院していただくのは年に数日ですから、日常生活の中でどれだけ予防歯科に対するモチベーションを維持できるかが、予防業務の大半と思っています。DMFT指標、歯周病進行度、カリエスリスク、プラークスコア、メインテナンス頻度をデータで示すことが基本事項で、最近ではクラウドを使用して患者さんと情報を共有することなどで、患者さんの意識を高めています。

患者情報を担当衛生士に説明

今お話に出ました、クラウドサービスを利用して診療情報を患者さんと共有することに対しての患者さんの反応、スタッフの労力、その効果などを教えてください。

スタッフの負担が大きいと思います。簡単にデータ入力して上げられるソフトの開発が急務だと感じています。また、セキュリティの問題も検討課題だと思います。私たち医療サイドも企業と連携して予防歯科を広めていく努力を惜しみませんので、メーカーサイドもクラウドの使い勝手を早急に改善して、スタッフの負担を軽減してほしいと思います。患者さんにとってクラウドは価値の高い情報サービスですし、また医療者にとっては将来的に情報がデータとして有効活用できることを期待しています。

クラウドサービスに患者情報を入力

熊谷先生の講演が勤務医時代の疑問を解消

質問が前後しますが、古市先生がオーラルフィジシャン育成セミナーを受講されたきっかけや動機についてお聞かせください。

20数年前になりますが、20代の後半勤務医をしていた当時、削ったり詰めたりして修復する技術が主で、すでにできてしまった疾患に対しての対処法に終始する、このような医療のあり方にずっと疑問を持っていました。そんな時期に予防歯科のパイオニア熊谷崇先生のお話が、自身が取り組むべき医療イメージと合致しており、自分のモヤモヤした思いは解消されました。そして、真の患者利益になる医療を提供するという方向性は明確化しました。丁度、私の開業当初の頃に、オーラルフィジシャン育成セミナーが発足されました。医院の理念に予防を掲げてスタートしていましたので、その屋台骨の強化という意味で、早速セミナーに参加いたしました。

貴院が予防歯科を実践する上で軸にしているMTM(メディカルトリートメントモデル)と一般的な予防歯科との違いについて教えてください。

それらは、全く似て非なるものです。MTMを行うことは、元来医療提供をする側にとっては当たり前の行為であると思うのですが、日本では保険制度を運営するために多くのプロセスが省略された医療が提供されていると言わざるを得ません。MTMに基づく医療サービスの提供は、歯科医師が治療行為の根拠を患者さんに示すこと、エビデンスベースの医療です。片や、一般的な予防歯科は、単に次の治療部位を探し出すためか或いは患者さんを繋ぎとめておく手段に過ぎないと私は考えます。全国の歯科医院は約67,000件ありますが、熊谷先生の診療所のクオリティーを担保できないにしてもMTMを実践して、約12,000件のヘルスケア型のメインテナンスセンターを配置すれば、国民の健康は守れるとさえ考えています。それほどMTMと一般的な予防歯科の品質は違うと思います。
今日10万人もの歯科医が存在しております。しかしながら明らかに余剰であり、このことが過剰な不必要な治療を誘発し多くの国民の健康が犠牲になっていることを行政はどう考えているのかと思うばかりです。

高い志と深い知識を持ったスタッフを育成する

まずは人としての生き方、次に歯科衛生士としての学び

都市部では歯科衛生士の採用・雇用に苦労されている医院が多いですが、貴院で工夫・重視されていることを教えてください。

開業当初は、自分自身も未熟でしたので、人材育成が満足のいくものではなかったと思います。しかし、時を重ね失敗を繰り返しながら徐々に人材が育ちはじめ、見学に来られた歯科衛生士の卵たちに、自分たちの未来をイメージしてもらうことができる環境を構築できてきたと感じています。

まず、技術的なことよりも私の医療に対する考え方を理解してもらうために、入社した歯科衛生士は私と組んでもらいます。どうすれば患者さんもあなた自身も幸せになれるかといった哲学的(笑)な話をしています。そして常にボイスレコーダーを持たせて私の話、医療的な説明を録音させています。もちろんMTMのセミナーや年1回の酒田でのミーティングには、医院で参加しています。現在では歯科衛生士6人(1人産休中)、受付秘書が2人在籍しています。気がつけば、キャリア10年以上の歯科衛生士3人が定期的メインテナンスを担当して、キャリア10年弱の1人はメインテナンスとアシスト業務を、もう1人は矯正を担当しています。そしてキャリアの1番浅い歯科衛生士が私と組んで患者対応をしています。

矯正シミュレーションソフトで説明

予防歯科の実践にチームワークや目的意識の共有は必須ですが、教育・マネジメント面で大切にしていることを教えてください。

教育に関する大きな考え方としては、期限と質を重視します。履修には期限を設け、予防処置やメインテナンスの質に関しては先輩スタッフと私がチェックしています。具体的には、例えば、卒業したての歯科衛生士はほとんど何もできません。ですから診療情報に必要な規格性のあるレントゲンや口腔内写真の撮り方、カリエスリスクテストの結果の的確な診断と説明、そして患者さんに対するマナーやプレゼンテーション能力、診療の基礎から治療介入時の判断などを研修しています。そして歯科衛生士が存分に技術と人間性を高めていける環境を整えています。

流出入人口の多い都市部の予防型歯科医院は、定期メインテナンスが定着しづらく、キャンセルも多い傾向にありますが、貴院での対策を教えてください。

患者層はオフィスワーカー中心ですから、急な会議などでのキャンセルは確かに多いです。ドタキャンに関しては、アポイントが集中する時間帯でキャンセルがあった場合、次の予約が1ヶ月後になってしまうこともあります。そうした現実を汲み取っていただき、患者さん一人ひとりの日常におけるメインテナンスのプライオリティーを上げて頂くしかないと考えております。キャンセル防止のリマインダーサービスとして、各歯科衛生士が前日にメールで予約の確認をしています。これもキャンセルを監視する、咎めるといった感じではなく、顧客サービスの一環として行っています。

受付にて一部スタッフと

予防歯科の重要性を社会に訴え、健康寿命の延伸に貢献する

患者の健康意識について

企業では健康経営を意識した福利厚生、従業員評価などが導入されだしましたが、都心部での実際の企業従業員の意識・動向はいかがでしょうか。

予防サービスを20年行っていて思うのは、高学歴、一流企業勤務、上級公務員だからといって予防意識が高い訳ではないということです。その方の育ってきた環境や歯科体験の影響が大きいと思います。ただ、人間関係が価値観を共有している傾向があることは感じています。つまり、友達の紹介、そのまた紹介という流れで健康観の高い患者さんが繋がっているような気がします。今では初診の5~6割は予防での受診で、矯正希望の患者も多くなってきました。

今後の展望・展開についてお聞かせください。

私自身のより一層の進化・スタッフの顧客サービス向上・後継者の雇用と育成。
口腔の健康が全身の健康寿命に如何に貢献できるか、行政、政治家などへのロビー活動を通じて後進に道筋をつける活動にも関心があります。

古市先生による自己評価(5点満点)