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歯を失うことは顎の骨も失うということ

 ある若い女性(22歳)が「ああ、もう毎日歯磨きするの面倒くさい。全部抜いて入れ歯にしてもらったら、ちゃっと洗って終わるのに。」とこぼしていたそうです。20歳前後というのは、ほとんどすべての人に歯が約28本あるわけですが、その歯を1本1本、毎日2回磨き、おまけに歯と歯の間のフロッシングは1本の歯につき2面で合わせて56歯面。面倒くさいことこの上ないですよね。

 しかし、歯を1本失ってブリッジにしたことのある同じく若い大阪の女性は、私に驚いたように言われました。「歯がなくなるとそこの顎の骨も減っていくねんなあ。」 その通りで、歯を抜くと、その歯を支えていた顎の骨が自分の役目はもうなくなったと言わんばかりにだんだんと高さは低くなり、幅は細くなっていきます。

 歯がある時の顎の骨の形は、真横から見るとまさに「凹」の字のように歯の部分が凹み、両端に壁を作っているようなデコボコした形をしています。真上から見ると堤防のように盛り上がっていて、その堤に歯が入るための穴がボコボコと開いています。歯が抜けると、穴が平らに均され、堤がなくなってしまうような感じになります。

 するとその隣の歯を支えている顎の骨も薄くなります。これが1本歯を失うとドミノ倒しのように次々と歯が失われやすくなる要因の1つでもありますが、他の要因も重なって、歯がなくなればなくなるほど、残っている歯の寿命も加速度的に短くなりがちです。

 歯を全部失って何十年も経った高齢者のお口の中を見ると歯ぐきに盛り上がりはなく、まさに、歯を失うことは顎の骨を失うということが一目瞭然です。ここに総入れ歯を入れて、食べること、話すことがどれだけ大変になりましょうか。

 ちなみに総入れ歯はプラスチックの塊を歯ぐきに置いているだけで、歯ぐきに接着しているわけでありません。顎の骨の盛り上がりの形を利用して上顎では吸着し、下顎では引っ掛かって留まってくれることを期待しているので、そこが平らになってしまうと元も子もないのです。特にこのプカプカ浮いている状態の下顎の総入れ歯は機能しないとして、スウェーデンではインプラントと一体にして顎の骨にガッチリ付ける総入れ歯が第一選択になっています。

 そして、そのような高齢者のパノラマX線写真を見ると、顎の骨の高さがとても低くなって、ちょっと力をかけるとポキっと折れてしまいそうです。

 冒頭の22歳の女性はこれらのことを全く知らなかったのですね。それも無理はありません。歯と顎の骨がこんなに「切っても切れない」関係であることを、歯を失うまで学ぶ機会は皆無と言っても過言ではないでしょう。口腔ケアが面倒くさいと思う時期に、教えられるべき事実だと思います。

 一方、介護の場面では、介護者からは歯が多く残っている被介護者より総入れ歯の被介護者の方が口腔ケアがどれだけ楽だろうかという声もあります。しかし、顎の骨以上に、人間の尊厳を守るという意味でやはり、健康な歯を人生の最後まで保つという大目標は掲げ続け、その上で口腔ケアを面倒にしない方法を科学の力で編み出したいです。


写真説明

大阪・通天閣の前を歩く若者たち。彼らに今こそ知ってもらいたいのは「歯を失うことは顎の骨も失うということ」


筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得