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口腔衛生と口腔がんの関連性

 歯ブラシ、歯間ブラシ、フロスなどを使ったホームケアや、定期的なPMTCといったプロフェッショナルケアによってお口の中を清潔に保つことが、口腔・咽頭・喉頭がんの発症リスクや生存率と関連していることが明らかになりつつあります。ただし、これは「口腔衛生が悪いとがんになる」と断言するものではありません。現時点では「関連性」が示されているに過ぎず、「因果関係」については今後の研究課題です。

 2022年に発表された国際的なメタアナリシス(Bai ら 2022)では、44件の研究・5万人超のデータを統合・解析し、以下のことが示されました。

  • 1日2回以上の歯磨きは、そうでない人に比べてがんのリスクが約半分に低下。
  • フロスの使用は、非使用者と比較してがんのリスクが約半分に低下。
  • 年1回以上の歯科受診は、がんリスクの低さと関連。
  • 歯の欠損が5本以上ある場合、または歯ぐきからの出血・歯周病の既往がある人では、がんのリスクが高まる傾向。

 また、2024年に発表された国際共同研究(Tasoulas ら 2024)では、頭頸部扁平上皮がん患者約2,500人を対象に、歯の本数や歯科受診歴と生存率の関係が解析されました。その結果、以下のような統計的に有意な関連が認められました。

  • 10本以上の歯を保持していた患者は、歯が1本もない患者(無歯顎者)に比べて、生存率が有意に高い。
  • 過去10年で5回以上歯科を受診していた患者は、まったく受診していない人に比べて生存率が高い。
  • 歯科受診歴のある人ほど、早期ステージ(I・II)でがんが発見される割合が高い。

 これらの関連性がなぜ生じるのかについては、いくつかの仮説が考えられています。

  • 慢性的な炎症や細菌感染が、口腔がんの発生・進行に関与する可能性
  • 口腔内の常在菌が、免疫や細胞シグナルに影響を与える可能性
  • 口腔衛生が良好な人ほど、健康意識が高く、医療機関の受診頻度も高いため、がんの早期発見や治療成績が良好となる可能性

 さらに、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染と口腔・扁桃がんとの関連性においては、HPVが口腔を介して感染し、口腔内の炎症や損傷がウイルス定着のリスクを高める可能性があります。一方、適切な歯磨きやうがいなどのケアによって、ウイルスの口腔内滞留時間を短くすることができるでしょう。

 世界保健機関(WHO)によると、頭頸部がん(口腔がん、咽頭がん、喉頭がんなど)は、全世界で年間70万人以上が罹患する疾患であり、特に進行した状態で発見されることが少なくありません。これらのがんの治療は身体機能や生活の質(QOL)に大きな影響を与えるため、予防的アプローチを取ることが極めて重要です。毎日の歯磨きや歯間清掃、定期的な歯科受診といった歯を守る習慣が、口腔がん予防の助けにもなると考えると、その価値は想像以上に大きいのかもしれません。


画像説明

子どもたちに歯磨きを啓発するためのぬいぐるみ。


参考文献


  • Bai, X., Cui, C., Yin, J., Li, H., Gong, Q., Wei, B. and Lu, Y., 2023. The association between oral hygiene and head and neck cancer: a meta-analysis. Acta Odontologica Scandinavica, 81(5), pp.374-395.

  • Tasoulas, J., Farquhar, D.R., Sheth, S., Hackman, T., Yarbrough, W.G., Agala, C.B., Koric, A., Giraldi, L., Fabianova, E., Lissowska, J. and Świątkowska, B., 2024. Poor oral health influences head and neck cancer patient survival: an International Head and Neck Cancer Epidemiology Consortium pooled analysis. JNCI: Journal of the National Cancer Institute, 116(1), pp.105-114.

  • Tonsillcancer: symtom, orsaker & behandling – Prof. Dr. Murat Topdağ
    https://drmurattopdag.com/sv/tonsilltumor-tonsillcancer/

筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得

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