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「バーニッシュ」という特効薬がありまして。。。

 「バーニッシュ(varnish)」とは、本来、木材や金属などの表面に塗って、光沢を出し、傷や腐食を防ぐ「保護塗料」のことを指します。家具や楽器、工芸品の仕上げによく使われる言葉です。この「表面に保護膜をつくる」という考え方を歯科に応用し、フッ化物を配合したものが「フッ化物バーニッシュ」です。簡単にいえば、歯の表面にフッ化物入りの粘着性のある保護コーティング剤を塗ることで、むし歯や知覚過敏から歯を守る薬です。スウェーデンの診療ガイドラインでは、むし歯になりやすい人に対し、メインテナンスのたびに塗布することが強く推奨されています。

 フッ化物の効用はこれまでも何度かふれてきましたが、簡潔にまとめると、歯の表面は酸によって少しずつ溶けますが、フッ化物はこの溶けた部分を元に戻す「再石灰化」を促進します。また、歯そのものを酸に溶けにくくし、むし歯菌の活動を抑える働きもあります。

 「フッ化物バーニッシュ」は、松ヤニを主成分とした水に溶けない粘着性の塗り薬で、歯の表面にしっかりと付着します。唾液に流されにくく、一般的なマウスウォッシュやジェルよりも長時間、歯にフッ化物がとどまるのが特徴です。そのため、少量でも効率よくフッ化物を歯に取り込ませることができます。

 さらに注目すべきは、そのフッ素濃度です。「フッ化物バーニッシュ」には 22,600ppm のフッ素が含まれており、歯科医院で用いられるフッ化物ジェル(約9,000ppm)の約2.5倍に相当します。

 さらに、こんなに高い濃度でありながら、赤ちゃんから大人まで安全に使えます。その理由はなぜかというと、歯面に残ったフッ化物は不溶性の形のままで唾液に溶け出しにくく、最終的には唾液や食べ物と一緒に飲み込まれても、松ヤニの基剤と一緒に大部分が消化管を通過し、便とともに排泄されるためです。さらに、尿中フッ化物を5時間にわたり測定した研究では、急速に体内に吸収された分も、速やかに尿として排泄され、3〜4時間以内には血中濃度がほぼ元のレベルに戻ることを示されました。腸から吸収されたフッ化物も速やかに腎臓で迅速に濾過されるためであり、長時間体内に留まらないことを意味します。

 もっとも、乳幼児の場合は日常的に使用するフッ化物配合歯磨剤を使っていれば、追加的なむし歯予防効果はありません。乳幼児には適切に塗布するのが難しいからということがあるでしょう。それ以上の小児、成人のハイリスク者には明らかに有効です。特に高齢者は歯の根っこのむし歯を予防するために特効薬となるでしょう。

 塗布はほんの数分で終わり、その後すぐ日常生活に戻れます。塗布後はしばらく飲食を控える必要がありますが、特別な準備は不要です。

 注)日本では、むし歯予防を目的とした「フッ化物バーニッシュ」塗布は健康保険の対象外です。保険適用は知覚過敏の処置に限られます。むし歯予防のために使用する場合は自費診療となり、料金は歯科医院によって異なります。


画像説明

「フッ化物バーニッシュ」は上手に歯を守ります。
Illustration by ChatGPT


参考文献


  • Nationella riktlinjer: tandvård – Socialstyrelsen
    https://www.socialstyrelsen.se/kunskapsstod-och-regler/regler-och-riktlinjer/nationella-riktlinjer/riktlinjer-och-utvarderingar/tandvard/

  • Milgrom P, Taves DM, Kim AS, Watson GE, Horst JA. Pharmacokinetics of fluoride in toddlers after application of 5% sodium fluoride dental varnish. Pediatrics. 2014 Sep;134(3):e870-4.

  • Anderson M, Dahllöf G, Warnqvist A, Grindefjord M. Development of dental caries and risk factors between 1 and 7 years of age in areas of high risk for dental caries in Stockholm, Sweden. Eur Arch Paediatr Dent. 2021 Oct;22(5):947-957.

筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得

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