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小玉尚伸先生:わかみ歯科クリニック

予防歯科の「伝道師」として男鹿市の健康を守る

コンプレックスから歯科医師の夢を抱いた少年時代

小学校5年生の時に事故で前歯を失い、部分入れ歯になったことから歯科医師を志したとのことですが、子供の頃の苦労やストレス、そして北海道大歯学部に合格したときの喜びを教えてください。

小学校5年生の時に事故で永久歯の前歯を失いました。その当時は部分入れ歯を入れていて、それがとてもコンプレックスでした。前歯に入れ歯のバネが掛っていましたので、銀色のバネが見えて人前で笑うことができず、内気な少年だったと思います。朝起きたら歯が生えている夢をよく見ており、その頃から歯科の医学書をよく読んでいました。中学校時代からは漠然と歯医者あるいは歯の再生を研究する研究者になりたいと思っていました。歯のことでこのような辛い思いをしている人がたくさんいるのではないかと思ったのがきっかけです。
私は特に手先が器用ではなかったのですが、高校時代には美術で彫刻を選択しましたので、3次元的に歯を見ることにおいては役立ったと思います。高校時代は歯学部志望一本でした。そのため、大学に合格した時には近所の人を家に呼んで合格祝いをしたほど喜びました。またその時の会話でこの地域に、いかに歯で困っている人が多いかも知りました。

開業地である秋田県男鹿市(旧若美町)は全国的にもナマハゲが有名で、先生はナマハゲ伝導士の資格も持っていらっしゃいます。(※ナマハゲ伝導士の漢字は“道”ではなく“導”)
小玉先生が子供の頃、若美町に歯科医院はなかったそうですが、「子供の頃・開業した頃・現在」に分けて歯科医院数の変化、歯科医院の診療体制の変化を教えてください。

出身地で開業したわけですが、歯学部に進学した時には地元には歯科医院がなく、近隣の歯科医院に通うのに1日がかりだったこともあり、将来は必ず地元に帰るつもりでいました。私自身もむし歯が多かったこともあり幼い頃は歯科医院に通うのが大変でした。(学校を休んで通わなければなりませんでした。)
私が歯学部に入ってからですが、近くに町立の歯科診療所ができて地域の人は便利になったと思います。平成8年に開業しましたが、私が開業した後、町立の歯科診療所は閉鎖となってしまい現在当地区(旧若美町)には当院のみとなっております。
開業当時はユニット台数3台のオープンスペースで診療していましたが、海外の研修などを経験し、個室スペースの必要性を感じ現在はユニット8台の個室で診療をしています。これまでリニューアルを3回行いました。またスタッフも開業当時4人から16人に増員しております。スタッフが増えた分、院長の目が届きづらくなるので組織チームアプローチの重要性を感じています。一時期ISOを医院に取り入れて組織マネジメントに活用していました。いろいろご意見はあると思いますが、組織を作る上でISOは非常に良いツールであると思います。

学生時代や研修医時代、開業前の北海道大学文部教官助手時代に至るまでの経緯・学びについてお聞かせください。

学生時代は特に部活動をやっていたわけではありませんが、友人たちとサークルを作って、テニス、スキーを中心に体を動かしていました。私たちの頃は今ほど国家試験も難しくなく、特に試験で難儀したという記憶はありません。
卒後は、歯型彫刻やワックスアップが得意だったこともあり、母校のクラウン・ブリッジ講座に残りました。主任教授は内山洋一先生で、天才と呼ばれるほど手先が器用な方でした。私は不器用でしたので、内山先生の歯科の補綴技術と理論を学びたいと思いました。医局に残ると、教授直接指導の1年間の模型実習があり、何度も何度もダメ出しされたことを覚えています。この時の経験が今の治療計画の立案や臨床に役立っています。
その後、運良く助手の籍をいただき学生教育にも携わらせていただきました。その傍ら接着性レジンセメントの研究を行いました。そして東京都ご開業の柏田聡明先生が開発したADゲル法の理論的な裏付けを行いました。私は実験や電子顕微鏡をいじるのが好きで、電顕室で寝泊まりすることも少なくありませんでした。実験結果は医局を退局した後に論文にまとめ北大から論文博士号をいただきました。

生活習慣病からの脱却を患者さんの行動変容に結びつける

予防歯科を志し、軌道に乗せるために

開業当初はどのような臨床スタイルで、どのような歯科医療を目標とされていましたか。

卒業後にクラウンブリッジ講座に進んだのも、地元に帰った時に、補綴が絶対必要という考えからでした。その当時はまだクラウンの2次う蝕はその適合と、セメントの漏洩であると言われていました。そのため、再治療を防ぐため適合の良い補綴物を提供することと、接着性レジンセメントを使うことを心掛けていました。今から考えると古いバンド冠の治療のやりかえばかり行っていたように思います。

従来型の削って詰めるといった「むし歯治療」から「予防歯科」に力をいれることになった転機は何だったのでしょうか。

開業して5年位すると、自分の治療した患者さんが再治療に戻ってくるようになりました。当時、カリオロジーを深く勉強しておらず、リスクコントロールもせず、歯周病の治療も積極的に行っていないという状況でした。これではいけないと思い、フォーラムDEWA という山形の勉強会の講演会に参加して熊谷崇先生のお話を聴いたのが予防歯科に興味を持ったきっかけです。

日吉歯科診療所(山形県酒田市)のオーラルフィジシャン育成セミナーをかなり早い時期(2005年6期)に受講されておりますが、どのようにセミナーの存在を知られたのでしょうか。また受講理由について教えてください。(2020年4月現在 67期)

2000年当時は予防歯科黎明期でどうやって勉強していいかわかりませんでした。
その後、熊谷崇先生が立ち上げた日本ヘルスケア歯科研究会で基礎コース、実践コースに参加しました。
医院になんとか予防歯科を落とし込もうとしましたが、私自身に染み付いた治療優先という考えを捨てきれず、すぐ治療の方を優先してしまうのと、スタッフの予防歯科に対する反発がかなりありました。
このようになかなか医院で実践できないでいましたが、熊谷先生が新しくオーラルフィジシャン育成セミナーというより実践的なセミナーを開催していることをGCを通じて知り、スタッフとともに参加しました。このセミナーで初めてMTMのことを知りましたが、スタッフと一緒に参加したということがとても大きかったです。
セミナー参加後は医院理念の確認を行い、MTM(メディカルトリートメントモデル)を全ての患者さんに提供することを目標に今まで診療してきました。予防歯科はドクター一人ではできないのと旧来型の歯科医療の考えを捨てないと実践するのは難しいと思います。

一生涯健康なお口で過ごすためにはMTM(メディカルトリートメントモデル)に則った診療が不可欠ですが、その特徴・患者メリットについて教えてください。

私たちの目標は生活習慣病からの脱却、それに向かう患者さんの行動変容にどう結びつけるかだと思います。MTMは患者さんの「リスクコントロール・行動変容・メインテナンス」に至る流れがわかりやすくなっています。患者さんも今自分がどの段階で治療しているのか理解しやすいです。このようにシステマチックに患者さんを行動変容に導ける点がメリットだと思います。

医科歯科連携だけでなく「歯科医科連携」にベクトルを変えることも必要

全身の健康を守るため視点の多角化について

近年世間一般にも「口腔内の健康状態は生活習慣病にも大きく関連している」と認知されてきました。
小玉先生は秋田県糖尿病療養指導士でいらっしゃいますが、糖尿病等の生活習慣病を抱えている患者さんを診療する際、どのような点に気を付けていらっしゃいますか。また、診診連携の取り組みについて教えてください。

2017年の歯周病の新分類では全身と歯周病の関連がはっきりと謳われ、糖尿病がリスクファクターであることが明示されています。私も、歯周病を治療するためにもっと糖尿病を知る必要があると感じ2012年に秋田県糖尿病療養指導士の資格を取得しました。歯科医院というのはみなさん全身的には未病の状態でかかることが多いですが、歯科治療を通じて全身のリスクファクターを知ってもらって、全身の健康に役立つ情報を発信することが大切だと思います。
例えば身長、体重、BMIと口腔の歯周病の状態を診査診断し、たとえ現在その方が糖尿病でなくても、近い将来生活習慣を変えなければ糖尿病に罹患する可能性があることを積極的に知らせることは重要です。これまでの医科からの「この人糖尿病です」という情報提供を待っているのだけでなく、医科歯科連携からベクトルを変えて歯科医科連携に持っていくというアプローチがもっと必要だと思います。
そのためには医師やコメディカルなど医療関係者と顔の見える関係にしてコミュニケーションが取れるように医科の糖尿病の勉強会に積極参加するように心がけています。

貴院の所在地である「男鹿市」の患者傾向や特徴を教えてください。
また開業当初(1996年)と現在(2020年)では、患者さんの口腔内の状況や診療二―ズに変化はございますか。

男鹿市は現在人口が2万6千人、開業当時から4割ほど減っています。また高齢化率が50%となっており、お年寄りの多さが目立っています。このため、この地域ではお年寄りの口腔崩壊を防ぐこと、口腔から全身への関与が重要だと考えます。幸いMTMを終了してメインテナンスで来院される方が増え、お口の健康は自分で守るという意識が根付いてきているようです。
しかし、脚腰が弱り、また車の運転が難しくなった方にとってメインテナンスに通院するということが壁になっていました。このような人達に、10年前から無料で自宅からの送迎サービスをはじめました。送迎をすることでお年寄りのメインテナンス率も上がりました。訪問診療という手もありますが、よりクオリティの高い診療を受けていただくことと、ともすれば引きこもりがちなお年寄りを外に引っ張り出すという点で効果を実感しています。
また、地域貢献という点でも意味があるものと考えています。お子さんたちの人口は少なくなりましたが口腔内は開業時と比べて確実に良くなってきており、メインテナンスに通うお子さんたちも多くなりました。しかし、二極化が進んでいて、むし歯のある子は一人でたくさんのむし歯を持っています。地域の全てのお子さんの口腔を健康にするという目標を達成するためには歯科医院に通わずにむし歯を持っている子供達にどうアプローチするかが課題です。

患者教育とは行動変容を促し、無意識の領域にアプローチすること

予防歯科の実践・工夫について

定期メインテナンスの定着には患者教育が重要ですが、貴院ではどのような取り組みや工夫をされていますか。

患者教育の目標は患者さんの自己認識による行動変容であり、こちらが意識して予防行為を行うのではなく、無意識のうちに行動できる様に手助けをすることだと思っています。無意識でなければ努力となり苦痛を伴うために長続きしません。正しい知識を一緒に勉強して、患者さんの未来の姿を提示してこちらがしっかりサポートしていく姿勢を見せれば、あとは患者さんが自然に選択するのだと思います。
このために、口腔内写真、カリオグラム、OHIS、啓蒙メディアや顕微鏡などおもに視覚に訴えるツールを使って患者さんが理解できるようにしています。幸い予防に目覚めた患者さんは、以前のような不健康に後戻りできないようです。

また小学生の時にカリエスフリーを達成した子どもが、中高生になると受診率が下がり、むし歯ができてしまうという問題が少なからずありますが、貴院ではどのような対策を取られていますか。

中高生になると部活や勉強でどうしても歯科は後回しになってしまいます。しかし、この時期は生活習慣の乱れでリスクの一番高い時期になります。KEEP28を達成するためにはこの時期の歯科予防習慣の定着が不可欠です。親御さんの負担をかけないために、中学校と連携して中学校から送迎を行う取り組みをしています。
また中高生はメインテナンスがほとんどですのでできるだけ長期休みに予約をすること、兄弟家族と一緒に来院してもらうことで家庭の負担を軽減するように努力をしています。事前の電話やメールで予約の確認も必ず行なっています。

スタッフ全員がオーラルフィジシャンとしての資質の向上を目標に日々努力

教育・マネジメントについて

予防歯科の実践にはチームワークや目的意識の共有は必須ですが、採用での工夫、スタッフの教育方法、マネジメントで大切にしていることは何でしょうか。

スタッフ全員が医院理念のもと、同じ方向を向いていることが重要だと思います。
当院では皆がオーラルフィジシャンとしての資質の向上を目標に日々努力をしています。そのために、オーラルフィジシャンチームミーティングへの全員参加、院内マニュアルの整備、週1回の院内ミーティング、フリーランス歯科衛生士徳本美佐子氏による院内研修、PHIJ・DSJなど外部研修への参加を行なっています。
また新型コロナの影響が出てからはオンラインによるコンテンツが増えたので、こちらにも積極的に参加しています。現在は行なっていませんがISO9001を取得していた時期があり、この時に構築していた院内PDCAサイクルが非常に役立っています。

クラウドサービスの利用により患者さんと口腔内情報を共有することが可能ですが、患者さんの反応やその効果などを教えてください。

前にも述べましたが、予防歯科とは患者さんの行動変容を促すことと無意識の領域にアプローチすることです。MTMの流れに沿って診療が進めば、患者さんは自分の健康に関心を持ち、過去、現在、未来についてとても気になるようです。
クラウドサービスは、そのように健康観の高くなった人たちのみならず、自分のことが気になりだした人たちにも訴求効果が高いサービスだと思います。また若い人達はスマホを持つ事が当たり前で、いろんな情報を得ています。今後、医院と患者さんとの橋渡しとして使えるだけでなく、転勤などで他医院への紹介が必要になった時の情報提供ツールとしても使えると思いますし、患者さんからの相談、オンライン診療など双方向での活用など拡張性も期待できると思います。

歯科医師の思考のバイオフィルムを除去することが、予防歯科を普遍的なものにする

今後の展望・展開について

予防歯科をさらに社会に普及させるためには、どのような取り組みが必要になるか、先生のアイディアやご意見がございましたらお聞かせください。

熊谷先生が仰るように「歯科医師の思考のバイオフィルム」を除去することが必要だと思います。日本の保険制度は出来高払いと言って、歯を削れば削るほど収入が得られるようにできています。歯を削らないで健全に残したことに対する評価がもっと高くても良いと思います。極端な話ですが、歯の治療費は健康保険で全てをカバーしなくても良いのではないかと思っています。欧米のように補綴の費用が高ければ日本人ももっと歯を大切にするのではと思います。
日本の借金が大きくなっている中、医療制度を維持するためには官民ともに大胆な改革が必要で、予防意識の高い自分の健康を守った人にインセンティブが与えられるようにするというのはどうでしょうか。

近い将来、少子高齢化が更に加速すると予想されます。
小玉先生は日本サルコペニア・フレイル学会会員でいらっしゃいますが、貴院の今後の展望・展開について教えてください。

男鹿市はすでに少子高齢化が現実のものとなっています。口腔機能低下症が健康保険に導入され、オーラルフレイルについてもマスコミで取り上げられるようになりました。しかし、私たち歯科医師はお口周りだけ診ていて良いのでしょうか。患者さんが来院されたときに、もっと全身のことに目配りできるようにしたいと考えています。オーラルフレイルのみならず、全身のフレイル、サルコペニアなどに目配りすることで地域の高齢者の健康の窓口になれればと思っています。全身の健康を守る、また地域を守る健康センターとしての役割を担っていければと思います。

『生涯にわたり口腔の健康を維持するための歯科医療を来院されたすべての方々に提供する』という医院理念を実現するためにスタッフ一同頑張っていきます。

先生による自己評価(5点満点)