究極の目標は『医療従事者の必要ない社会をつくること』

OPセミナーを2度受講して

歯科医師を志した理由について、教えていただけますでしょうか。

 実家が医院併用住宅であったため、歯科医院と、歯科医師である父と共に育ちました。一番身近な職業として歯科医師が選択肢にあった、という感覚です。そういう意味では、医療系の職業に興味があったというよりは歯科医師だけが目標に挙がりました。

削って詰めるといった「従来の歯科治療」から、「予防歯科」に力を入れようと思った転機は何だったのでしょうか。

 この質問の本質は、医療人とは何か、をどう捉えているかだと思います。『病気を治す人』なのか『病気を無くす人』なのか、というところです。
 私は医療従事者の究極の目標は『医療従事者の必要ない社会をつくること』だと考えています。自分が『治す人』であろうとする限り、『患者(患っている人)』を求めていることになります。治す側も治る側も共通して求めているのが『健康』であるという方向性が一致していれば、疾患のための介入よりは疾患の予防のための介入の方がお互いの利益になり、その手段として予防歯科にたどり着きます。
 治療が好きとか嫌いとか、得意とか不得意とかは関係なく、健康であり続けるための最適な介入ポイントとしての『予防』。困っている人を助けるのは簡単ですが、困る前に防ぐことが出来るとすれば、それほど良いことはないのではないでしょうか。

山中先生はオーラルフィジシャン育成セミナーを勤務医時代(47期)、開業後(67期)と計2回受講されています。
立場、理解度が異なる状況での受講ですが、臨床現場での実践や学びについて違いがあれば教えていただけますか。(2022年7月現在 72期)

 地域に根差した予防歯科で開業したいからこそ、予防を学んでいる医院に勤めたいと思っていました。実際勤務医としてOP育成セミナーに参加させていただいたことは、それまで抽象的だった「予防歯科」が明確な理念と仕組みに落とし込むことができました。そして、MTMを医院に落とし込み忠実に実践・継続することの難しさと、ぶれない志の必要性も医院の成長につれ感じるところがありました。
 現在開業した医院にはコンセプトから設計まで反映することができたため、開業前にOP、MTMに触れることができたのは大変有難い経験となりました。そして自分自身が日吉歯科診療所(酒田市)で体感できたことをスタッフにも体感・共有してもらいたいという想いから、開業後もOP受講に至りました。スタッフにとっては自院が目指す予防歯科の礎を目の当たりにすることができ、大変刺激になったようです。自分自身にとっても、予防歯科の『哲学』を学ぶ場として、OP育成セミナーは聞くたびに新しい気づきが得られます。

開業後MTMを実践するにあたり、軌道に乗せるまでのご苦労(スタッフ教育、患者説明等)はございましたか。またどのように乗り越えられたのでしょうか。

 規格的に資料を取るための教育には苦労しました。当時はよく頑張ってくれていると思いましたが、今3年前の資料を振り返ってみると規格的というには不十分で、逆に現在の歯科衛生士の成長を感じることができます。開業時MTM未経験のオープニング歯科衛生士にとっては、モデルとなる先輩がいないためOP育成セミナーを担当されていた奥山洋実さんとの出会いは具体的なイメージとなったようです。

健康の恒常性を保つには、家族への啓発が大切である

健全なお口を育てるために

貴院はマタニティ歯科に力を入れていらっしゃいます。
「マイナス1歳からはじめるむし歯予防」について、ご存知ない保護者もいらっしゃるかと思いますが、その効果や重要性等を教えていただけますでしょうか。

 お子さんが実際に生まれてから気を付けることは沢山ありますが、出産後は生活リズムをお子さんに合わせる必要があったり、気軽に外出しにくかったりと、フォローが遅くなる可能性が高いと考えています。お子さんが生まれる前にこそ、生まれてから気を付けることを知っておくことで、歯科通院を再開するころにはお子さんが糖質依存になっていた、ということを避けたいという想いが強いです。『子どもにフッ素を塗ってほしい』と歯科医院を訪れる方はまだ見かけます。フッ化物塗布は勿論大切ですが、毎日の生活、特に食生活でむし歯のなりやすさが影響するという認識は、今以上に知ってもらう必要があると実感しています。

幼児も通いやすいと大変評判ですが、健全なお口を育てるために、子供の成長段階に合わせてどのようなことを実践されているのでしょうか。

 口呼吸の予防と、糖質依存症の回避を主に指導しています。生活環境の影響を大きく受けるため、お子さん自身へのアドバイスと共に、一緒に生活するご家族への啓発が欠かせないです。う蝕や歯列不正の予防は我々が介入しやすい目標ですが、あくまで心身の健康に繋がるひとつの手段であり目的ではありません。なんでも美味しく食べられるお口に成長したあとに、偏った栄養バランスの食生活に至ってしまっては、健康の恒常性が保たれない可能性が高く、それは望む結果ではないと考えています。

貴院が目標とする「一生 治療が必要の無いお口」には予防歯科が欠かせません。
患者さんが予防歯科の重要性を理解し、継続的にメインテナンスに通っていただくために、どのような取り組みや工夫をされているのでしょうか。

 患者さんに予防の重要性を理解してもらうには、院長・スタッフ全員が「なぜ予防が重要なのか」について理解している必要があります。ここがとても重要であると考えています。スタッフそれぞれが予防の大切さを真に理解していれば、「どのようにしたらもっと伝わりやすいか」「どのようにしたらもっと患者さんが困らずに済むか」と、考えられるマインドから手段が生まれます。自分自身が理解できていない行為を、より高みに向かって続けることは難しいです。枝葉となる手段が生まれやすい風土を作ることを重要視し、院内・院外学習を継続しています。

病気が発症する前に、その兆候を食い止めたい

原因の本質を捉えるために

貴院の所在地である兵庫県加古川市の人口動態、患者傾向の特徴を教えていただけますでしょうか。
また開院した当初(2019年)と現在(2022年)では、患者さんの口腔内の状況や診療二―ズに変化はございましたか。

 人口動態としては、人口は緩やかに減少傾向ですが、兵庫県内では高齢化率が41市町のうち下から8位(27.8%)と、県平均(28.7%)より低いです(令和2年時点)。また、合計特殊出生率では1.56と全国平均1.45、県平均1.48より高いです(平成27年時点)。
 また、開院した当初は「新しい歯科医院がオープンしたから来てみた」という方が多く、今は口コミで紹介の方が多いです。新しい医院という外見の情報ではなく、何をしているかという中身の情報で選ばれる医院になりつつあると感じています。

山中先生は日本病巣疾患研究会、日本糖尿病協会の会員ですが、口腔内の健康と全身の健康との関連性について、教えていただけますでしょうか。
また生活者に向けて何かアドバイスがございましたら、お願いできますでしょうか。

 上流医療という言葉があります。掌蹠膿疱症の原因は以前は口腔内の金属と疑われていましたが、現在は根尖病巣などの慢性炎症が原因であることが多いと言われています。
メタボリックドミノの図にもあるように、糖尿病の上流には生活習慣で現れる歯科疾患があります。できるだけ病気が発症する前に、その兆候を食い止めたい。その考えのもと必要な知識・研鑽を得られる機会として、それぞれの会に所属させていただいております。
 生活者に向けてのアドバイスでいうと、「もしあなたが長期間、治療・服薬している疾患があるとすれば、その原因の本質は何なのかを、一度主治医と相談してみて欲しいです。服薬は『対処』ではあったとしても『治療』にはなってないのではないしょうか」ということです。勿論、全ての疾患が完治出来るものとは限りませんが、服薬が続いている方のなかには、服薬を続けることがゴールになってしまっており、服薬を止められるほど健康になること(自己判断での休薬を推奨するものではない)を無意識に諦めてしまっている方が一定数いらっしゃるように感じます。

富士通予防歯科クラウドサービスを利用して診療情報を患者さんと共有することについて、スタッフの労力、患者さんの反応とその効果などを教えていただけますでしょうか。

 スタッフの労力という部分では、使い慣れるまでにかかる労力(コスト)とルーティンで使用するにあたってかかる労力(コスト)があると思います。富士通Japan様には日々改善していただいておりますが、医院側のUXにも依存する部分があるので、システムの発展には期待しております。
 もう一つのポイントがあるとすれば、クラウド導入までに、どれだけ紙などで情報提供を行う仕組みと意欲があったかというところです。あくまで情報提供するマインドが先にあって、その効率化の手段としてのクラウドサービスを活かす、という認識です。患者さんの反応も、メールアドレスのやりとりなど最初の導入が一番労力がかかるようで、慣れたあとは患者さんの方から「この写真もクラウドの方へ送っていただけますか?」といった提案があがってきたりします。

「地域の予防歯科モデル医院」となり、真に予防歯科が成立する医院を増やしたい

今後の展望

昨今の日本の保険制度は、治療主体から歯周病重症化予防治療などの予防算定も増えつつあります。
現状では「予防歯科」という言葉ばかり先行していますが、エビデンスベースかつ患者本位の予防歯科をさらに社会に普及させるためには、どのような取り組みが必要になるかアイディアをいただけますでしょうか?

 日本の保険制度が予防寄りになろうとしていることは分かりますが、保険ベースで構築された、安価で成果による価格差の無い仕組みは、お口を守れたかどうかというところが主観になりにくいです。『道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である』という言葉があるように、予防ができたという実績と、医院の経営基盤の安定という両方の目標が重要だと考えます。“治療と予防の両翼”という表現があるように“医療と経済の両輪”を成立させるということを突き詰め、アウトカムで語る。臨床成果でも診療売上でも、一方のみを突き詰めた情報発信は、もう一方を優先する人の心には刺さりにくいです。両方が成り立ってこそ、誰もが目指せる予防歯科医療の形になると思います。誰もが目指せないと、最初の第一歩が踏み出してもらえないため、普及は遅くなる。それはもったいないと考えます。

現在OPで取り組んでいる「医と産業の連携」は、地域によって連携する産業がさまざまですが、今後の貴院での連携などの展望があればお聞かせいただけますでしょうか。

 産業との具体的な連携とは異なるかもしれませんが『仕事が忙しいから歯医者に行けない』(仕事と健康の優先度が偏っている)という人を減らしたいです。仕事が大切なのは当たり前、そして歯科通院も大切なのは当たり前、何かを犠牲に何かを大切にするのは当たり前じゃ無い。そんなバランスが取れたら良いなと思います。

最後に貴院の今後の展望・展開について教えていただけますでしょうか。

 真に予防歯科が成立する医院を増やしたいです。地域のなかで自院だけで成立したとしても、救える方には限界があります。やることをシンプルに、かつ再現性をもって、予防歯科を真に目指すハードルを下げる。周辺地域の歯科医院の予防歯科の底上げができるような「地域の予防歯科モデル医院」となる。予防歯科は特定の医院にしかできない特別なものではないと、広めていきたいです。

先生による自己評価(5点満点)