「歯の神経を取る」という時の「歯の神経」とは、専門的には「歯髄」と呼ばれる柔らかい組織を指します。この組織には、神経の他に血管なども含まれているので、歯髄に器具が到達すると、出血が伴います。そして刻みのついた細い針のような器具で血の中から掻き出すように神経やリンパ管やその他の細胞を全部取り除きます。歯髄をきれいに取り除くと、歯髄があったスペース(歯髄腔)は、空っぽになります。空っぽのままだとバイキンが無数に繁殖して、歯髄腔の先の細い穴(根尖孔)から体内に侵入して悪さをしますので、歯髄腔を人工の物で緊密に埋める処置をします。通常はガッタパーチャと呼ばれるゴムのような樹脂を埋めます。

このガッタパーチャにはX線造影剤が入っていて、X線を撮ると、歯髄腔に白い筋がはっきりと写り、「この歯は神経を取った歯だな」ということが一目瞭然でわかります。なぜ、神経を取った歯と取っていない歯の区別をつけるかというと、その歯の扱い方が全然違ってくるからです。神経を取った歯は、痛みを感じないので、削る時に麻酔は必要ありません。一方、痛みで病気の進行を教えてくれないので、プロの目による病気の再発や進行に対する細心の注意が必要です。さらに、神経を取った歯は、いわば血の通っていない歯、つまり死んでしまっている歯ですから、ミイラのようなもの。ちょっとした力でパリンと割れてしまうこともあります。

知らず知らずに根の奥の方までむし歯が進んでしまったり、歯が割れてしまったりすると、その歯はもう救えません。「歯は全部で28本(親知らずを除く)もあるから、1本くらい、いい」とは思わないでくださいね。その抜けた歯の分、隣の歯に必要以上に力が集中して、周りの歯も次々とダメになるというドミノの始まりでもあるのです。当然のことながら、病気になった原因であるお口の中の環境を変えていないと、病気の再発も止まりません。

そのように歯の寿命が短くなるので、神経は極力取りたくないわけです。深いむし歯の処置では、ドリルを使うとあっという間に歯髄に到達して、「ジ・エンド」になってしまうので、危ないところは手で動かす器具を使って彫師のように丁寧に悪い部分を削り取ります。

時には歯髄に近い軟らかいむし歯の部分を敢えて残し、きっちりと蓋をして半年くらい寝かせてからもう一度そのむし歯になった部分を取り除くことを試みます[1]。なぜならその半年間に栄養分を断たれたむし歯菌は死に絶えて、軟らかくなった部分が硬くなり、歯髄腔の方でも防御機構が働いて歯髄を守るように壁が厚くなっているために、歯髄を傷つけずに悪い部分を取り除くことができるからです。この処置は通常の処置より1ステップ多くなるので、面倒くさい人には向かないかもしれませんが、先のことを考えると、その歯の神経は取らないに越したことはありません。人生100年時代の、ほんの半年程度のことですから、是非、待ってあげてください。


写真説明

むし歯が歯髄まで到達してしまっています(T_T)(徳島市「スウェーデン歯科こくふ」のレゴ)


References


  1. Bjørndal L, Reit C, Bruun G, Markvart M, Kjældgaard M, Näsman P, et al. Treatment of deep caries lesions in adults: randomized clinical trials comparing stepwise vs. direct complete excavation, and direct pulp capping vs. partial pulpotomy. Eur J Oral Sci. 2010;118(3):290-297.

著者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子 NPO法人「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」(PSAP)理事長

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」(PSAP)理事長
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得