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歯周病と全身疾患の関係、ホントのところ

 お口の中には無数のバイ菌が存在しているのはご存知ですね。おそらく、人ひとりのお口の中には、地球上の人類の数よりも多く! ほとんどのバイ菌は飲食物や唾液と一緒に胃の中に入り、胃酸によって殺されたり、そこを生き残るようなしぶといバイ菌も、最後は排泄物と一緒にトイレの中へ。または大腸でぬくぬくと子孫を増やしているかもしれません。

 少数派ですが、歯と歯ぐきの境目から体の組織の中に入り、血流に乗って全身を回るバイ菌もいます。この状態を「菌血症」といいますが、実は、私たちが歯磨きやフロスをする度に、また、歯科医院でPMTCを受ける度に、菌血症は起こります。でも、健康な人なら心配することはありません。体の中の免疫細胞が排除してくれます。

 しかし、そのバイ菌と免疫細胞の戦争の最前線である歯と歯ぐきの境目に、異常に大量の、しかもタチの悪いバイ菌がいて、歯ぐきや骨に炎症を起こし、グングン勢力を伸ばしているとしたら。。。1990年代に、歯の周りの異常な状態が、全身疾患に影響を及ぼしているのではという懸念が持ち上がり、「歯周医学」という分野も誕生しました。

 ところが、いまだにそれは証明できておらず、いつも「〜かもしれない」という表現で終わっていますので、「歯周病が全身疾患を引き起こす」と断定している文章は、逸る気持ちは分かるのですが言い過ぎです。可能性としては、心血管疾患、早産、糖尿病、心血管疾患、早産、糖尿病、呼吸器疾患、骨粗鬆症、関節リウマチ、特定のがん、認知障害、腎臓疾患などのリスクを高めるかもしれません。

 可能性だけでもこれだけの病気が並べられると、ただごとではなさそうですね。しかし、米国心臓協会は、2012年に歯周病の心血管疾患に対する因果関係を否定する声明を発表しました。それまでに発表された約500の論文を心臓病、感染症、歯科の専門家による委員会を設置し徹底的に調べた結果です。

 これには歯周病と心血管疾患の因果関係をフライング的に啓発し、「全身疾患を予防するには歯周病治療をすべきだ!」「フロスしないと死ぬ!」と言っていた歯科関係者はびっくりで、現場で大変な混乱がありましたが、今では米国歯科医師会も次のように声明を出しています。「現時点では、将来の全身疾患の発症を予防するという理由のみに基づいて歯周治療が奨励または提供されるべきであるという証拠は不十分です。」

 また、国際歯科連盟でも、歯科疾患と全身疾患の因果関係については熱く議論が行われているもののエビデンスは弱いと、しかし、関連性についてのエビデンスはよく確立されていると述べています。つまり、歯周病と数々の全身疾患の間には共通のリスクファクターが存在していますので、歯周病を予防するために行う努力は決して歯周病だけに留まらず、全身の健康にも効果があるということなのです。


写真説明

NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)(PSAP)が出版した「世界一やさしい歯周病の本」です。


参考サイト


参考文献


  1. Page RC. The pathobiology of periodontal diseases may affect systemic diseases: inversion of a paradigm. Annals of periodontology 1998; 3 1: 108-20.

  2. Seymour GJ, Ford PJ, Cullinan MP, Leishman S, Yamazaki K. Relationship between periodontal infections and systemic disease. Clinical Microbiology and infection 2007; 13: 3-10.

  3. Lockhart PB, Bolger AF, Papapanou PN, et al. Periodontal disease and atherosclerotic vascular disease: does the evidence support an independent association? A scientific statement from the American Heart Association. Circulation 2012; 125(20): 2520-44.

筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得