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クロルヘキシジンは有望だけど

 洗口液などに入っているクロルヘキシジン。これは、何かというと消毒剤や防腐剤として知られている薬剤です。「グルコン酸クロルヘキシジン」という化合物として利用されることが多いです。いろいろな種類の菌やウイルスに対して効果があり、洗口液の他に傷口の消毒、手術前の皮膚の消毒や手術器具の滅菌などにも使用されています。日本ではある大衆薬の軟膏に20%の濃度で入っているため、日常的にとてもよく使われています。

 歯科ではプラーク(バイオフィルム) を減らし、軽い歯肉炎を改善することが数多くの研究で解っています。むし歯菌(ミュータンスレンサ球菌群)にも効くということで、スウェーデンなどではむし歯菌を特にたくさん持っている人向けに処方されることがありますが、むし歯にはフッ化物の効果が十分高いこともあり、現在はあまり利用されていないそうです。

 クロルヘキシジンの難点は、長期間の使用で歯に着色が付くことです。また味が不味いこともあります。そして、アナフィラキシーショックの例も報告されています。その頻度は100,000回に0.78回という非常に稀なものなので(他の消毒剤などと同程度)、クロルヘキシジンは今なお有望な薬剤として使用されています。

 しかし、日本では、このアナフィラキシーショックの前例を懸念して、むき出しの粘膜に直接触れる歯科分野では使用濃度に規制がかかっています。市販のクロルヘキシジン洗口液の濃度を見てみましょう。それらは薄めて使うタイプで、原液で0.05%、水で薄めた使用濃度は0.0001~0.0006%と説明している製品や、0.0013〜0.0020%と説明している製品があります。一方、海外で使われているクロルヘキシジン洗口液の濃度は、使用濃度で0.12〜0.2%です。2桁または3桁の違いがある訳です。

 上述のクロルヘキシジンがプラークを減らしたり、軽い歯肉炎を改善すると示した研究は、0.12〜0.2%という濃度での話です。この濃度が最大限の効果と最小限の副作用を保つ範囲です。そのため、日本で使われているクロルヘキシジン濃度を、海外の専門家に言うと大変驚かれます。0.05%の洗口液でプラークの形成を阻められるとする議論もありますが、それでも日本の市販品の原液の濃度で、この驚くほど低い使用濃度については、議論にもなっていません。

 患者さんや消費者向けに、日本と海外で使われているクロルヘキシジンの濃度にこれほどの差があることはあまり知らされていないかもしれません。実際、お口の健康に気を遣っている患者さんから「クロルヘキシジンでうがいしています」と言われたこともあります。確かにクロルヘキシジンが入っていることで、効能に歯肉炎の予防が期待できると教えられるかもしれませんが、ご利用の際には、その濃度に関して本当に効果があるに十分なのか疑問があることも知っておいてください。


写真説明

生成AIが描いたクロルヘキシジン洗口液。Stable Diffusion を使用しました。https://stablediffusionweb.com/


参考文献


  1. Poppolo Deus F, Ouanounou A. Chlorhexidine in Dentistry: Pharmacology, Uses, and Adverse Effects. Int Dent J. 2022 Jun;72(3):269-277.

  2. Chye RML, Perrotti V, Piattelli A, Iaculli F, Quaranta A. Effectiveness of Different Commercial Chlorhexidine-Based Mouthwashes After Periodontal and Implant Surgery: A Systematic Review. Implant Dent. 2019 Feb;28(1):74-85.

  3. James P, Worthington HV, Parnell C, Harding M, Lamont T, Cheung A, Whelton H, Riley P. Chlorhexidine mouthrinse as an adjunctive treatment for gingival health. Cochrane Database Syst Rev. 2017 Mar 31;3(3):CD008676.

  4. Birkhed D. Chlorhexidine and dental caries. 「日曜のフィーカ」2023/11/26.

筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得