インプラントから「予防歯科」再考(最高)
残念ながら歯を失ってしまった際の治療法として、「インプラント」は、近年とても一般的になりました。見た目や噛み心地の点で天然歯に近く、入れ歯のような違和感も少ないことから、多くの方が希望される治療法です。今からちょうど60年前にスウェーデンで初めて臨床応用されました。
インプラント治療は、あごの骨にチタン製の人工歯根を埋め込み、その上に人工の歯を装着するという方法で行われます。チタンは生体親和性が高く、成功すると骨としっかり結合するため、見た目も機能も天然の歯にきわめて近い噛み心地を得ることができます。さらに、インプラントは「若々しさ」とも深く関係しています。しっかりと噛めること以外に、入れ歯のように取り外す手間がなく、入れ歯を取り外した時の老けた顔を見ることもなく、常に自分と一体化している点も大きな魅力です。そのため、インプラント治療は単なる「失った歯の代わり」ではなく、「生き生きとした日常を取り戻す再生治療」として、多くの歯を失った方の人生に前向きな変化をもたらしています。
しかし、インプラントを骨に埋め込むことで歯を失った原因まで解決するわけではありません。特に歯周病が原因で歯を失い、そのお口の環境のままでは、またインプラントも歯周病と似た状態を抱えることになります。これを「インプラント周囲炎」と呼んでいます。
「インプラント周囲炎」のメカニズムは歯周病とよく似て、インプラントの周りにバイオフィルム(プラーク、歯垢)がたまると歯ぐきが炎症を起こし、進行すれば骨が溶け、最悪の場合インプラントが抜け落ちてしまうこともあります。炎症が骨まで及ぶと処置は大変難しく、外科的な対応を迫られます。
また、歯周病と同じく、喫煙は「インプラント周囲炎」のリスクを上げますので、インプラントの手術を受ける前には必ず禁煙してください。なかなか難しいようでも、肺がんの手術と同じように考えていただき、必要ならば専門家による禁煙指導を受けましょう。
インプラントを入れた後は、「インプラント周囲炎」を予防するためには、3〜6ヶ月に1度の定期的な歯科医院でのメインテナンスが欠かせません。清掃状態の確認や、インプラント周囲の歯ぐきの健康チェック、噛み合わせの調整などを行います。ホームケアでも、インプラントの周囲は毎日、インプラントや歯ぐきを傷つけない力加減で特別丁寧に清掃しなければなりません。1本のインプラントを守るためには、時間と労力、そして一定の費用がかかるというわけです。
どうせそこまでの努力をしなければならないのなら、最初からご自身の歯を丁寧に守れていれば——と思う方も少なくないでしょう。とはいえ、人間は失敗からしか学べないのかもしれません。ですから、最初のインプラントを入れたその時こそが、お口の健康を根本から見直す最大のチャンスです。インプラントを「もう二度と歯やインプラントを失わないためのきっかけ」と捉え、お口の環境をがらりと変えていきましょう。生活習慣の改善と定期的な歯科メインテナンス、これらを続けることで、インプラントも残りの天然歯も長く守ることができます。
そして、まだ歯を失ったことのない人も、インプラントを植えさえすれば歯の喪失が解決するようなものではないことに留意して、インプラント以上に価値のあるご自分の歯を守るために予防歯科に励んでくださいね。
画像説明
インプラントと予防歯科は切っても切れない関係です。
Illustration by ChatGPT
参考文献
- Tema: 60 år med implantatbehandling – Tandläkartidningen.se
- Nationella riktlinjer för tandvård – Socialstyrelsen
筆者プロフィール
Makiko NISHI
西 真紀子 NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長
(旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」)
| 1996年 | 大阪大学歯学部卒業 |
| 大阪大学歯学部歯科保存学講座入局 | |
| 2000年 | スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員 |
| 2001年 | 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務 |
| 2007年 | アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了 |
| Master of Dental Public Health (MDPH)取得 | |
| 2010年 | NPO法人「科学的なむし歯・歯周病予防を推進する会」(PSAP)理事長 |
| (旧称 「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」) | |
| 2018年 | 同大学院博士課程修了 |
| Doctor of Philosophy(PhD)取得 |
