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赤ちゃんの口腔ケア(1)

 歯科医学を勉強して約30年、人びとが健康な歯を生涯に渡って保つ(KEEP 28)のに最も大切なのは、赤ちゃんの時期の口腔ケアを成功させることだと私は思っています。「まだ歯が生えているか生えていないかという頃に口腔ケア?!」と思われる親御さんもいらっしゃるかもしれませんね。歯科の専門家の中でもこの時期をそこまで重要視しない人もいるくらいです。赤ちゃんを対象にした歯科研究をしたいと提案した時には、どうせ暴れてお口を開けてもらえないだろうと却下されたこともあるのです。

 しかし、赤ちゃんを侮ることなかれ、その時期の対応次第で上手にお口を開けてくれるようになりますし、仕上げ歯磨きも歯科医院に行くことも大好きになってくれます。そうなってしまえばこっちのもの。それが生涯の口腔ケアの成功に繋がります。おまけに、むし歯になりにくい良い食習慣や嗜好が身につけば、これから先、肥満との戦いになる時代において全身の健康にとっても有利です。そんな素敵なプレゼントをお子さんやお孫さんやひ孫さんにあげてください。

 まずしていただきたいことは、赤ちゃんの歯が生える前から、お口の回りを清潔な手でポンポンと優しくタッチしてあげてください。お口の回りに大人の手が近寄っても何も危険なことはないことを学んでもらいます。ガーゼなどでお口の中の汚れを拭ってあげてもいいのですが、無理にお口をこじ開ける必要はありません。唾液が汚れを洗ってくれますし、粘膜や舌についた汚れはそれらの生まれ変わり(ターンオーバー)と一緒に剥がれてくれますのでご心配なく! 

 しかし、歯が生えてくるとかなり厄介になります。歯はターンオーバーしないのでバイ菌にとっては最高の足場で、そこでどんどん仲間を増やして人間顔負けの社会を作り(バイオフィルム)、お口の中の環境次第でむし歯の原因になります。その頃までには唇に大人の指が触っても驚かないくらいに慣れているでしょう。優しく優しくタッチしてあげてください。痛がること、怖がることは絶対にしてはいけません。

 歯が生えてきたら、950〜1,000ppmのフッ素が入った歯磨剤を米粒大の量を歯ブラシに取って歯に塗ってあげてください。それと同時に周囲の大人は示し合わせて「歯磨きって楽しね、気持ちいいね」という雰囲気を醸し出し、ご自分の歯磨きしている様子を赤ちゃんに見せつけてあげてください。そのうちそんなに楽しいものなら自分でも歯ブラシを持って歯磨きしてみたいと思うようになるでしょう。棒状の柄の歯ブラシは喉に突き刺さる事故が起こる可能性があるので、丸い形のものやグニャグニャ曲がる素材のものを渡してあげてください。

 自分で磨きたいと言っても、必ず保護者による1日2回の仕上げ磨きは必要です。しかし、言葉通り「磨く」のではなくただフッ素を歯に塗りつけるというだけでOKです。中には仕上げ磨きの大事さを思って、乳幼児を押さえつけて半ば格闘状態でシャカシャカ、ゴシゴシ磨き、嫌がっても我慢させ、泣かせても磨き続ける光景も見られることがあります。そういう経験をしてしまうと、仕上げ磨きの度に追いかけっ子が始まり、宥めるのに何十分もかけるという日常が繰り返されるかもしれません。その時のお口の中はきれいになるかもしれませんが、これでは長い目で見て口腔ケアの大失敗です(続く)。


写真説明

笑顔の赤ちゃん。まだ歯が生えていませんが、この時期がKEEP 28を目指すために一番大事。


References


  1. Douglass JM, Douglass AB, Silk HJ. A practical guide to infant oral health. Am Fam Physician. 2004;70(11):2113-2120. Epub 2004/12/21.

  2. Toumba K, Twetman S, Splieth C, Parnell C, Van Loveren C, Lygidakis N. Guidelines on the use of fluoride for caries prevention in children: an updated EAPD policy document. European Archives of Paediatric Dentistry. 2019;20:507-516. 3

筆者プロフィール

Makiko NISHI

西 真紀子 NPO法人「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」(PSAP)理事長

1996年 大阪大学歯学部卒業
     大阪大学歯学部歯科保存学講座入局
2000年 スウェーデン王立マルメ大学歯学部カリオロジー講座客員研究員
2001年 山形県酒田市 日吉歯科診療所勤務
2007年 アイルランド国立コーク大学大学院修士課程修了
Master of Dental Public Health (MDPH)取得
2010年 NPO法人「最先端のむし歯・歯周病予防を要求する会」(PSAP)理事長
2018年 同大学院博士課程修了 
   Doctor of Philosophy(PhD)取得